レヴァントとは東部地中海沿岸のことをいい、そこには多数の富裕な港がありました。 レヴァントに富裕な港が多かった理由は当時のヨーロッパ先進諸国と、アフリカや西アジア、インドとの経済水準の差にあります。
つまり、アフリカやアジアから安い価格で仕入れた物をレヴァントで買い入れ、ヨーロッパの国々で売ると言うことです。
レヴァントは、そのような貿易を行う上で絶好の場所であり、コーヒーもレヴァントの商人達にとっては、多額の利益を生み出す格好の品物であったに違いありません。
オランダの商人はヨーロッパに持ち込まれたコーヒーを買い取って売るのではなく、直接現地で栽培しようと考えました。
東インド会社というのを聞いたことがあると思いますが、現地の住民を労働者として雇いコーヒーを栽培するというプランテーションをインドではじめたのです。
これまで、アラビア付近でしか栽培されていなかったコーヒーがインドやインドネシアにも持ち込まれ、ジャワコーヒーが生まれました。
これが、コーヒープランテーションの始まりになります。
これらの商人達は、通商によってコーヒーをヨーロッパの国々へ浸透させる重要な役割を果たすとともに、コーヒーによって莫大な利益を上げていたことになります。
ヨーロッパでのコーヒー消費が高まるにつれ、植民地によるコーヒープランテーションが広がっていきます。